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【しいたけ.の部屋 本文特別公開企画vol.2】③ 「愚痴を吐くことはネガティブなものを流すチャンス」—“愚痴の効用”


世の中には「愚痴を吐かない人」っています。愚痴を吐けないというか、愚痴を吐くのが苦手というんですかね。


 これは僕の経験上なのですが、「誰かの弱さによって苦しめられたことがある人」は愚痴を吐くのが苦手なんじゃないかと思います。そういう人の心の中には「つべこべ言ってないでやれよ」という消化されなかった怒りがけっこう強く残っている。無意識の中で使い続けている口癖が「許せない」であったりもします。


 たとえばなんですけど、誰か自分が信頼する人に「頑張る」と宣言されたのに、「やっぱりできなかった。ごめん」と謝られたときって、ちょっと「えー!?」って思うでしょう?

 それが本当にできなかったことならしょうがないけど、「やっぱりこの人は“弱さ”という巣に帰っていっちゃうんだ」みたいな感覚。

 僕自身、かつては愚痴を嫌悪していたし、愚痴は絶対に人前で吐かないと決めていました。別に、「愚痴を吐きましょう」と全員におすすめするつもりはないのです。ただ、中年になってみると、ときどき「いやあ、参ったよ」と愚痴を吐く効用もあると考えるようになりました。

 愚痴を吐く効用。それは自分自身の感情が「許せない」という怒りに傾いていくことを阻止して、ネガティブなものを少し流してチャンスを待つ方法にもなります。


「いやあ、参ったよ」と言える人は、他人のミスや弱さを許せる人です。「なんでもかんでも許せ」という話ではなくて、「いろいろありますよね」が20%ぐらい雰囲気でまとえるようになったらいいと思うのです。


 ひとつひとつのストレスに対して「絶対に許せん」と叩きつぶしていく人って、チャンスが「スッ」と来たときにすぐに反応できなかったりします。いつもストレスの小さな波を叩きつぶすことに疲れているから、チャンスになり得るものもつぶそうとしてしまうのです。


 愚痴を吐かない人を支える強さは、「許せない」という気持ちです。その強さって「こんな自分自身は許せない」という気持ちにつながります。そうやってビシッと立っている人はすごいんだけど、でも、強さの中に弱さをちゃんと隠さず持てる人でいたほうが、いい状態で長持ちする気がするのです。

 もちろん、ずっと愚痴を吐いていたりしたら、独特のすごくネガティブな雰囲気をまとってきちゃうから、頑張るところと、頑張れないところを分けたほうがいいと思いますよ。


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『しいたけ.の部屋 ドアの外から幸せな予感を呼び込もう』
しいたけ.著 

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