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今年は攻めたのか、守ったのか。振り返りの視点

僕はギャンブルはやらない人間なのですが「ギャンブラー的な考え方」にはすごく興味があるし、自分には絶対できないからこそ、畏敬と敬意の両方が入った感情で「ギャンブラー的な考え」について眺めているのです。

なんでこんなことを突然書いたのかを説明させて下さい。

これを書いているのが2020年の12月のもうかなりの後半で、個人的な話をすると、やっと「今年も終わりかなぁ」と感じてきたのです。なんか、チキンとクリスマスケーキを食べたら、遅れてきた年末感が一気に自分にやってきました。

年末にブラブラとひとりで歩きながらとか、喫茶店でコーヒーを飲みながらとか、誰かと「今年も色々あったねぇ」と話しながら年を振り返ることって、来年の生き方を決めていくのにやっぱりすごく重要な材料になると思うのです。

「今年も色々あったなぁ」

と振り返る時、「不思議と色々なことが上手くいった」とか「色々あったけど、自分の周りで様々なことが具体的に進行した」とか、もしくは「なかなか厳しかったなぁ」と、この一年の流れを感じることがあると思うのです。

極端な言い方をすると、運の流れには「攻め時」と「守り時」というものがあります。

今の自分はこの二つの流れのうち、どちらの流れにいるのか。

その感覚を持つことは非常に有効ですし、そもそも、「攻め時」と「守り時」という感覚が最も鋭く出る世界がギャンブラーの世界なのだと僕は考えています。

ギャンブラーが持つ攻め時、守り時の感覚

ギャンブルの達人って、「攻め時」と「守り時」、つまり、今の自分に寄せられる風向きをものすごく重視するらしいのです。

僕が読んだギャンブラーの本の中で、海外のカジノのカードゲームで、めったにないことらしいんですけど、プロのディーラー(カードを配る人など)がポロッとカードを落としちゃうようなことがごくまれにあったりするんですって。そういう時は、もう完全に攻め時らしいのです。全財産降ろしても、勝ちに行く。なんかすごくハイエナみたいな話ですけど、相手が弱っているのを見たら、こんなチャンスは絶対に後にはないと思って攻めるらしいのです。この辺はやっぱり一般常識的な倫理観とは全然違うものですよね。

逆に、「守り時」。どんなに手法を変えてもなかなか運の波に乗れない。勝てないという時がギャンブルの世界ではあるみたいなのです。

そういう時は、「良い負け方をする」とか「自分じゃなくて、自分が好きな人に得をさせてあげる」とか「誰かが勝つのをお手伝いする」とか、そういう「自分に風が吹かなく、耐える時の作法」みたいなものを自分の中で持つ。

そう。ギャンブル的な考え方と「運」ってかなり色濃いリンクがあります。

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占い師、作家。早稲田大学大学院政治学研究科修了。2014年から『VOGUE GIRL』で週間・上半期・下半期の『しいたけ占い』を連載中。近著には『しいたけ.の12星座占い 過去から読むあなたの運勢』、『anan特別編集 しいたけ.カラー心理学 2020』などがあります。