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何でも受け入れてしまうのは良いことなのか?

今回のお手紙から取り上げたいのが「何でも受け入れてしまうのは良いことなのか?」の話なのです。

優しい人って、よく「自分の意見がない」と言われます。それで損をすることももちろんあるでしょうし、気が強い友達に「あなたは何がしたいの?」と怒られることもあります。

もちろん、すべての場面で「自分の言いたいことが言えない、伝えられない」となると、それはそれで問題にはなってしまうのですが、僕は「自分の意見がそれほどない」とか「よく損をする優しさ」って、全部が全部悪いことではないと思っています。むしろ、それがその人の「徳」というか、良い結果に結びついていくケースも数多く知っています。

「あなたはどうしたいの?」

優しい人が「言われて困ってしまう台詞」が二つあって、ひとつは「あなたはどうしたいの?」というもの。もうひとつは「具体的にどうしていくの?」です。

自分の意思をハッキリと前へ出していける人は、「それによって、多少周りが傷つくのも、いさかいが起こるのも致し方ない」と性質的に思えるような人です。もちろん、良い悪いは別として。自分の人生は自分の意思と行動で作っていくという哲学がある。だから、好き嫌いもハッキリしているし、「嫌いな人と付き合うのなんて1秒でも時間の無駄じゃない?」ということも言えたりする。すごく強いんです。

ただ、一方で「そこまで自分を強く打ち出すことを重要だと思っていない」という人も多数いるわけで、これを書いている僕なんかもそうです。僕は自分の人生の中で「意思を持って、ハッキリと自己主張をしていくこと」に価値として、そんなに重きを置いていなかったりします。むしろ、流された先に、想定していなかったルートの方に、面白いものとの出会いがあると信じちゃっていたりもするから。

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