表現者になれないコンプレックス

今回の相談者の方は「表現する側になれないコンプレックス」をお持ちだそうです。いつぐらいからかは明記はされていなかったのですが、この方は消費しかできない人間には絶対なりたくなくて、長いことある創作系の習い事を続けてきたそうです。「でも昔から薄々、自分は表現する側の人間ではない、と気付いてるんです」とも書かれていて、お手紙の初めの数行の段階で、かなり長い間この「表現者になることへの葛藤」を抱かれてきたんじゃないかと思いました。

話を戻して、相談者の方は、自分が通った創作系の習い事の教室には寝食や人生の安定を投げうってでも表現しようとする人たちを見てきたと。そういう人がようやく発表した作品には力があると感じられて、私はそのような熱量をもって何かを生み出すことができない。私は本当に何も表現し、生み出すことができないんでしょうか。というお手紙でした。

今回のお手紙から取り上げたいのが「表現者になれないコンプレックス」の話なのです。

まず、心がこもったお手紙をありがとうございました。それで多分、この相談に対して僕は上手く答えられない気がします。選んでいながらすみません。というのは、僕自身も「どうやったら表現者になられるか」の問題について「まだずっと考えている途中の人間」であり、人様に答えられるような経験も実績も、まだ全然してきていないからです。

表現者にどうやったらなられるのか。表現者になって知名度を上げ、「知る人ぞ知る存在」になり、そこから仕事の依頼などもくるようになる。自分に特定のファンがつくようになる。自分の中で「傑作」と思えるような作品や仕事の成果を納められるようになってくる。そのお仕事でご飯が食べられるようになっていく。

こういう話って、「正解の方法論」はないわけですし、「こうやったら成功できるよ」みたいな話も基本的に「その人がたまたま体験した、その人なりの偶然の成功パターン」だったりします。

改めて、この問いに答えるのはなかなか難しいです。今回、まとまった話はできないのですが、思ったことをポツポツと書いていくので、もし良かったら聞いて下さい。

自分の話になってしまうのですが、もうずいぶん昔に、僕は大学生の頃に英語サークルに入っていたんです。その英語サークルで一年生の頃に、新入生が全員「腕試し」みたいな感じで目指すひとつの大会があって、その大会に備えて毎日自分の英語スピーチを練って練習していました。結果は最下位に近いものでした。なんか、今でもあるんですけど、大会で求められる内容と全然違ったものを出してしまったんです。あと、内容もおそらくすごくひどかったと思います。その大会の後に懇親会があって、新入生達は先輩に「よく頑張ったね」と言われ、「ここをもっとこうすると良かったよ」などのアドバイスを受けます。なんか、今書いても恥ずかしいんですけど、僕はその「平和で、良かった良かったで終わる懇親会」にマジで悔しくて参加できなかったんです。

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