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胃腸が弱いという運命

昔、ある芸人さんが書いた本の中で「僕はお酒が飲めないことを運命に感じている」ということを書いてあったことがあって、そこがものすごく印象に残っているのです。

その人はお酒が飲めないからこそ、何か悔しいことがあっても、楽しいことがあっても、お酒を飲んで勢いでそのまま寝ることがないそうです。誰かと一緒に楽しい時間を過ごしたとしても、必ず、夜寝る前はひとりの「考える時間」を持つ。その「ひとりで考える時間」は芸人というお仕事をする上でとても大切な時間みたいなのです。

もうずっと前に読んだこの一説をどうしてこんなに猛烈に覚えているかというと、「そういう考え方があるんだ!」という激しい驚きがあったからだと思います。特に、このエッセイを読んだ20代とか若い頃なんて、「他の人ができて、自分はそれが全然できないこと」をコンプレックスとして抱えてしまいがちじゃないですか。みんなと一緒にご飯を食べて、次から次へと話題を提供できて、適確に笑いを取ることができる人なんて、今でも天才だと思っているし、当時なんかこんなに落ち着いて「天才だと思う」なんて言えなかったです。悔しくて悔しくて。木や畳に向かっておしゃべりの練習をしたこともありました。

話が横道に逸れるけど、本当に自分の人生が切り開かれていくタイミングで、人が何をするのかというと、それは多分「自分には何がないのか」を静かに見つめることだと思うんです。

「私には○○もない!」と、怒ったり悲しんだり、切なくなったりして見るんじゃなくて、「あ、冷蔵庫の中にじゃがいもがないんだ」みたいな感じで、淡々とすごく見ていく感じ。それまでにすごく悩んだり、コンプレックスに感じたり、そういう時間をずっと抱えてきたからこそ、いざ自分の人生が切り替わるタイミングで「あ、私にはこういうのがないんだな。そうか」と言って、そこから何か、自分にとっての影の部分というか、他の人にはない部分を発見していく旅路が始まる気がどうしてもしてしまうのです。

それで、タイトルにもあるように、ある芸人さんが「僕は自分がお酒を飲めないことを運命に感じている」と言った(もっとも、今は強くなくてもお酒を飲まれているご様子で、ゲストと一緒にお酒を飲む番組もやられています)のと同じものが自分の中にあるのかというと、僕は自分の胃腸が弱いことを運命に感じています。

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