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自分にとって許せない人を新たに作らないことにした

最近、「隣町珈琲」の店主の平川克己さんの新刊の『「答えは出さない」という見識』(夜間飛行、2023年)を読んでいたら、ものすごく衝撃を覚える一文があったのです。

この本は一応人生相談本の形式なのですが、相談者からの「問い」に対して、著者の平川さんがこれまで生きてきた人生経験を踏まえて、エッセイ的にこちらに話しかけてくれるような本なのです。それこそ、コーヒーを飲みながら少しずつ読み進めている本なのですが、面白いのです。

それで、本の中の人生相談のひとつに「許せない人がいます」というものがあったのです。

その相談に対する平川さんの回答に、とにかく衝撃的な電流が走りまして。興味がある人は是非この本を買って読んで頂きたいのですが、僕が衝撃を覚えた一文がこの「許せない人がいます」という相談に対する回答の中にありまして、ちょっと引用しますね。

「それは、ここで問題となっている、どうしても許せない他者とは、実は自分が必要としていた人間なんじゃないかということです。人は常に、自分の周りに嫌な、許せない人間を作り出すということです」p.23

これですね、何回も言って恐縮なのですが、衝撃を覚えたし、僕の個人的な人生を振り返った時に「ま・さ・に!」と絶叫したい気持ちが出てきたのです。これまで薄々と思っていたことが明確化されたというか。

「人は、自分にとって許せない人を常に必要としている」

これって、ものすごく過激な意見ではあると思うのですが、僕は自分の中にかなり思い当たるふしがあって、ものすごく同意してしまうんです。

というのは、僕は18歳の頃から日記を書いているのですが、それこそ20代の頃なんて、毎日のように「許せない人」について書いていたのです。

僕の場合は、自分が「許せない認定を下した人たち」(←ひどい認定ですね)について、別にその人たちから直接何かの危害を加えられたことがなかったし、多分、あったとしても「何か失礼なことを言われた」とか、その程度だったと思います。あと、性格が合わないとか。嫉妬とかももちろんあったと思います。

そういう「許せない人」が常に自分の目の前には必ず一人はいて、その人が何かのタイミングで目の前からいなくなった後すぐに、“入れ替わるような形で”、また新しい「許せない人」が出てきたりしました。

その「許せない人の退場→即、また新しい、許せない人の入場」を、本当に最近まで繰り返してきました。

僕自身の頭の中や心の中には、常に「許せない人」がいつもいた。単純に、「嫌い」とか、「やり方が気に食わない」とか、そういう些細な理由だったと思います。

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