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「〇〇しようね」の約束にうんざりしてしまう

今回のお手紙は面白かったのですが、相談者の方は「また遊ぼうね」や「また会おうね」などと言われることに、うんざりしてしまうそうです。世の中には色々な怒りがあると思いますが、この相談者の言いたいこと、ちょっと共感するところがありました。またそれは後でお伝えしていきますね。

相談者の方の意見としては、明日のことさえもわからないわけだから、「楽しかったね。またね」でいいじゃないかと。「また〇〇しようね」みたいな、いわゆる、「いつかの約束」にうんざりしてしまうそうなのです。「約束したからには必ず果たさなければならない」という呪縛みたいなものに囚われて、それでしんどくなっているのか、という自己分析もありました。

今回のお手紙から取り上げたいのが「『〇〇しようね』の約束にうんざりしてしまう」の話なのです。

このお手紙を読んだ時に、僕の中にある、昔の古い倉庫の中に閉まってあるような「10代の頃や20代の頃に感じていた怒り」がけっこう強く刺激されたんですよ。

今、自分が大人になって「また遊ぼうね」とか「また会おうね」という言葉や、それを話しかけてきてくれる人の表情とかですね、僕は全然気にならなくなっていたのです。

でも、10代の頃とか20代の頃とかって、相手の言葉や姿勢の中にある「約束を果たそうともしないで、テキトーなことを言うなよ」という怒りがすごくあった気がしました。

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