note読者限定、本文特別公開企画⑤猿蟹合戦の夜
今回は、「しいたけ.について」という章から抜粋してお届けします。以前、糸井重里さんにお会いしたときのことを書いています。
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猿蟹合戦の夜
先日、ずっと僕にとって憧れだった糸井重里さんと対談させていただく機会がありました。このときの記事は『ほぼ日刊イトイ新聞』にも載っているので、お時間のあるときにお読みいただけたらと思います(こちらのnoteでもご紹介しました)。
僕は人見知りで、仕事で初対面の方にお会いするとき、いつも部屋の隅のほうでモジモジしてしまいます。もともと人に顔を見せて活動していないこともあって、よくスタッフのひとりに間違えられるのです。糸井さんも最初、僕のマネージャーをしいたけ.だと思って名刺を渡していました(笑)。ごめんなさい。
対談の中で糸井さんが興味を持ってくださったのが、占いとか文筆とか、そういう仕事をしている今の僕じゃなくて、今に至る前に「どういう生活をしていたのか」ということでした。ざっとそのときにお話したのは、
・僕が学生時代に誰とも話せなくて、ずっと自室の畳と喋っていた話
・ 同じく学生時代になんとか女の子と話したくて、でもそれが自分にとっては難易度が
高すぎて、休日に公園でカップルの隣のベンチに座ってテープ起こしをしていた話
などだったのですが、せっかくなのでこれらの話を自己紹介代わりにしたいと思います。
たぶん、僕は3歳ぐらいのときにもよだれを垂らして「あー」とか「うー」とか言っていたのですが(親や親戚などの証言)、それから月日が経ち、18歳を過ぎても「あー」とか「うーしか言わない青年に育っていきました。
それでも大学に入って憧れのキャンパス生活がはじまると、学校の人たちに「宅飲み」に誘われることもあったのですが、そこでも「あー」ぐらいしか喋れず、その帰り道に「さすがに独自の道を行きすぎてマズいぞ」と思ったのです。
そこで僕は毎週土曜日に公園に行って、ベンチに座っているカップルに近づき、その会話を盗み聞きしてノートに書き取るという訓練をはじめました。会話の型をそっくりそのまま覚えて喋ってやろうと考えたのです。
男 「〇〇」と言って笑いを取りにいく。
女 ウケない。それよりもたぶん、このあとの予定を気にしている。
あれ、女の子、泣いた!? なんで!?
ベンチの男の子と共にまったく関係のない僕も驚いたりしながら、自分が聞いた話や感じたことを大学ノートに書き続けました。ちなみに大学ノートには、古代ローマ帝国のマルクス・アウレリウスという皇帝にならって『自省録』と名づけました。この〝しいたけ.自省録″は10年ぐらい続けて、結局全60巻ぐらいになっています。
こういうくだらない体験談の中でも糸井さんにバカ受けしたのが、大学3年のときに好きになった子の話です。
その子はすごい読書家で、面白い本を僕に貸したりしてくれました。そのやりとりで彼女のことを完全に好きになっていた僕は、今まで家の畳とか、ナマズとか、雑草とかとしか話してこなかった自分を呪い、なんとか好きな人とコミュニケーションを取れるようになりたいという気持ちの末、先ほども話した「公園でカップルの隣に座って会話をノートに書く」などの活動をしていました。
その子とは少しずつ仲良くなって、何回もアタックしたのですが「付き合っている人がいるから」という理由で断られ続けました。そんな日々を過ごす中、ある日考えられないぐらいのビッグチャンスがやってきました。
学校の行事で飲み会があったのですが、珍しくその子が飲みすぎてしまい、足もとがおぼつかないので、誰かが「この子と同じ方向に帰る人いる?」とみんなに問いかけたのです。なんと、手を挙げたのは僕ひとりでした。
夜、人があんまりいない電車にふたりで乗ったら、その子は僕の肩に頭を載せてスースー寝はじめました。恋愛偏差値が高かったら、穏やかな顔でその子の寝顔を見守っていたでしょうが、僕の頭の中には「緊急事態! 緊急事態!」とサイレンが鳴り響き、「どどどどどうしよう」と思いながら彼女が住む町の駅で一緒に降りました。
「肩を貸してください」
と言われて、そろそろ冬に入っていく「シン」とした商店街をふたりで歩きました。しばらくすると「何か話してください」と彼女が言いました。もう、なんの話でも良かったはずです。
「何か話してください」。そう振られた僕はパニックに陥った挙句、
「〝猿蟹合戦?についてどう思う?」
と聞きました。その日の昼間、『猿蟹合戦』の蟹の復讐は、最後に臼が猿を押しつぶしたりして、「ちょっとやりすぎなんじゃないか」と考えていたからです。
その話をした途端、僕らの周りの空気は一段と寒さを増し、彼女は「あ、もう大丈夫です。ここからはひとりで帰れますから」と手を振りほどいて去っていきました。
僕は寒空にひとり立ち尽くしました。自分の脳みその中を必死で探して出てきた話題が『猿蟹合戦』であることを悲しみながら。
今でもたまに、この「猿蟹合戦の夜」を思い出します。あのときもうちょっとうまい話ができたら、今立っている場所に自分はいないんじゃないかって。あれがあったから今があるのかもしれないし、それはもう想像の遊びです。でも、なんとなく思うのが、あのときうまく話せなかったことは、時間が経って僕の中では宝物の一部になっているのです。
僕がいつも関心を持つのは、人が持つ弱さについてです。弱さって、どの人も他人の前では話せないし、なかなか出せないものなのです。
たとえば、一家のお父さんなら、朝ネクタイを締めて、頼まれていたゴミをゴミ捨て場に出して、通勤の電車に乗り、会社に着いて働いて……なんか今日に限ってミスが多かったり、後輩の成功話を聞いてモヤモヤしたり。そして家路に就く頃には「もうそろそろ12月か」とつぶやいて、「なんか俺、成長してねーな」とか言ってしまうときの姿に関心があります。
気持ちを切り替えて「ただいまー!」と家に入って見せる笑顔よりも、誰も見ていないところでひとり公園のベンチに座り、買ってきた飲み物を一口飲んだあと、思わず漏れてしまう「本音」のほうが聞きたい。僕が占いという仕事をしているのは、そんな理由からでもあるのです。
みんなと一緒にいるときの私。
そして、誰かと一緒にいるときの私。
どちらも大事な「私」です。
でも、僕はどうしても「ぽつんとひとりでいるときの私」の姿が好きなのです。この本も「ぽつんとひとりでいるときの私」に向かって話しかけながら書きました。
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『しいたけ.の部屋 ドアの外から幸せな予感を呼び込もう』note読者限定、本文特別公開は以上となります。
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